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大阪高等裁判所 平成8年(く)188号 決定

主文

原決定を取り消す。

本件を京都簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件即時抗告の趣意は、検察官上田康博作成の即時抗告申立書に記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原決定は、本件公訴事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとして、刑訴法三三九条一項二号により、公訴棄却の決定をしたものであるが、原決定は、本件罰条である京都市風紀取締条例(以下、単に「本条例」という。)三条等の解釈を誤り、同条を全体として無効と判断したことにより、刑訴法三三九条一項二号の適用を誤った違法があり、加えて、本条例三条が全体として無効であるかどうかが一見して明白でないのに、決定で公訴棄却をした点においても、刑訴法三三九条一項二号の解釈適用を誤った違法がある、というのである。

そこで調査すると、本件公訴事実は、「被告人は、対価を得て性交類似の行為をする目的で、平成八年四月二四日午後一一時四〇分ころ、京都市下京区《番地略》A方先路上において、同所を通行中のB(当四二年)に対し、同人の身辺につきまといながら、「遊んでいかない」「甲野ホテルよ」「二万円でいいの」などと申し向けて誘い、もって、人を売淫の相手方となるよう誘ったものである。」というものであり、罪名及び罰条として、本条例三条が記載されている。

京都区検察庁検察官は、平成八年七月九日、京都簡易裁判所に対し、本件公訴を提起し、罰金五〇〇〇円の科刑意見をつけて略式命令を請求したが、同裁判所は、同年八月一五日、同検察官に対し、略式命令をすることができず、通常の手続で審判する旨の通知をした上で、同月二六日、本条例三条は既に失効しており、刑訴法三三九条一項二号の「起訴状に記載された事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき」に当たるとして、公訴棄却決定をしたものである。

そこで検討すると、本条例は、昭和二七年五月三一日、京都市条例第一一号として公布され、同年七月一日から施行されたが、本条例三条は、同条に違反した場合の罰則として「五〇〇〇円以下の罰金または拘留に処する。」としているところ、現行刑法一五条本文によれば、「罰金は、一万円以上とする。」とされ、右は、平成三年法律第三一号により、それまで罰金等臨時措置法二条により罰金の寡額は四〇〇〇円とされていたのを、刑法一五条を直接改正して引き上げ(それまでの罰金等臨時措置法二条は削除された。)、平成七年法律第九一号により、そのままの内容で現行法に引き継がれたものである。

そして、平成三年法律第三一号による改正後の罰金等臨時措置法二条は、刑法ほか二法の罪以外の罪につき定めた罰金については、寡額が一万円に満たないときはこれを一万円とするが、「条例の罪を除く。」とした上で、平成三年法律第三一号(同年五月七日施行)附則二項前段は、「条例の罰則でこの法律の施行の際現に効力を有するものについては、この法律による改正後の刑法一五条(中略)の規定にかかわらず、この法律の施行の日から一年を経過するまでは、なお従前の例による。」としているのである。

以上の法令改廃の経過から考えると、平成三年法律第三一号の施行から一年を経過した時点で、本条例三条の罰則のうち「五〇〇〇円以下の罰金」とする部分については、刑法一五条の「罰金は、一万円以上とする。」という規定に抵触し、効力を失うことになるが、原決定のように、右の罰金を定めた部分が失効するから、同時に同条の罰則のうち拘留を定めた部分も失効すると解すべき理由はない。

原決定は、本条例三条の規定が全部失効する理由として、本条例の制定者である京都市は、平成三年法律第三一号の施行の日から一年以内に本条例を改正しておらず、裁判官が罰金刑を科する余地を完全に奪い、罪と刑との均衡を欠く事態を招くおそれが大きいことを挙げるが、このような点は立法裁量の問題であり、いずれも理由にならないというべきであって、本条例三条の罰則のうち拘留を定めた部分はなお効力を有するものと解するのが相当である。

したがって、本条例三条の規定が全部失効したとして、刑訴法三三九条一項二号により本件公訴を棄却した原決定は、本条例三条の解釈適用を誤まったもので、その余の点につき判断するまでもなく、取り消しを免れない。

よって、本件申立は理由があるので、刑訴法四二六条二項により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 内匠和彦 裁判官 榎本 巧 裁判官 田辺直樹)

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